2006年07月04日

「技術無き気合い」は足かせにしかならない(後編)

そもそも、技術がままならないのに気持ちだけで歌ったらどうなるか。
一度上手くいっても、その次は気持ちが空回りするだけで駄目だったりして、パフォーマンスは不安定なままのはずです。
それを安定させるのが技術なのです。

自分が「ライブでお客さんをコンスタントに楽しませる」ことを最大の目的にしてるせいもあると思いますが、
不安定さしか生み出さない精神論ばかりかざすのは、やはりアドバイスとしてはいただけないなー。
もちろん、質問した方が、気分が楽になる言葉をかけてほしくて質問したのならそれで名回答となるのですが。


確かに、技術さえあればいいというものでもないんです。
「気合い無き技術」で歌われた歌は、芸術にはなりません。
機械です。
気分が楽になることでパフォーマンスが安定するのも確かです。
だから私は、「最後はやっぱり気合いだ」には同意するのです。


歌の世界の「技術」は、言葉で捕まえにくいものが本当にたくさんあります。
言葉に出来ないけど、徐々に感覚で分かってくるからまぁいっか、としてしまいたくもなります。
センスの良い人だと、言葉のない無形の状態で技術をどんどん蓄積していきます。


まぁ最後は気合いっていうのはその通りで反論できないから、
せめてその手前で食い下がって、言葉の形で技術を蓄積できないかな、
というのがアカペラ叢書の大きな目的でございます。

これからもよろしくお願いします。



今日の一言:
アカペラ叢書が支持されるのはそこだと思うんですよ。感覚が言葉になった点。
posted by 704 at 21:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 歌と人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>>704さま

あのねーーーーーーーーーーーーーーーー
今回の記事は ため息が出ちゃうくらい 賛成です

ただ インターネット上でのアドバイスって
相手の状況や技術が よくわからないので
「気合で頑張れ」しか 言えないってのも事実だと思う
俺も見知らぬ人に 「どうすれば歌がうまくなるでしょう」
って 聞かれたって やっぱり何にも言えないし
その辺は インターネットの限界なのではないかな

「気合」って 食事で言うところの食器だと思う
実際の料理は 技術で決まるもんだ
食器は 美味しいという感情を お客さんに提供する時の
入れ物でしかないのだ
当然 それを 楽しんでくれるお客さんもいるけれど

言ってみれば 技術と気合 どちらも満タンで
初めて ステージが成り立つんではないかな

とり止めもなく書いちまった 失礼

>>せめてその手前で食い下がって
>>言葉の形で技術を蓄積できないかな

こういう姿勢は ホントに尊敬するわ
Posted by フジサワ リュウタ at 2006年07月08日 23:54
>フジサワ

>インターネット上でのアドバイスって
>相手の状況や技術が よくわからないので

そうだな。患者と医者の関係に近いものがあるな。
発症したときの状況や現在の症状を医者がしっかり把握できれば、診断しやすくなるもんな。
だから、話は逸れるけど俺は医者にかかるときは症状を細かく説明するようにしてる。
誤診されたくないし。
Posted by 704 at 2006年07月10日 22:21
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